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SSF SPORT ACADEMY2019 私のための私の体。-女性×スポーツ-

指導者を目指す君達へ 元日本代表 大山加奈さんが伝えたいこと

ピープル 2020/01/25

指導者は子どもの未来を守らなければいけない。

バレーボール元日本代表でスポーツキャスターの大山加奈さんが2020年1月15日、笹川スポーツ財団スポーツアカデミー2019 私のための私の体。-女性×スポーツー 第三回に登壇し、「スポーツで人生を豊かに バレーボールから学んだ子どもとの向き合い方」 と題し話をしました。

 

大山さんといえば、187センチの長身から繰り出すパワフルなアタックが印象的な選手でした。

しかし、子どもの頃は体が弱く喘息の発作を起こすため、医師から運動制限を受けていたといいます。

外で遊ぶこともなく、遊び相手は妹さんだけ。

「友達が欲しかった」と当時を振り返ります。

そんな大山さんに訪れた転機。

小学生の時、背が高い大山さんはバレーボールをやってみないかと声をかけられ、練習を見学に行きます。

このバレーボールとの出会いが、大山さんの生活を一変させることになりました。

初めて見たバレーボールに魅了された大山さんは、反対する両親を説得。

途中で投げ出さないことを条件にバレーボールを始めます。

結果、スポーツをすることで「健康」を手に入れることができました。

 

バレーボールの魅力について、大山さんは「一人ではできないこと」と言います。

とにかくボールをつなぎ3回以内で相手に返さなければならない。

信頼関係で結ばれた仲間を手にしました。

 

 

病弱だった少女が、スポーツを通して「健康」と「かけがえのない仲間」を得ることができたのです。

 

バレーボール一筋にエースアタッカーへと成長していくストーリーは、アタック№1の主人公鮎原こずえさながら。

バレーボール部で活躍を続け、小中高と日本一を獲り、高校生で日本代表入りを果たします。

アテネ五輪に出場し、順風満帆な選手人生を歩んでいたように見えます。

26才で突然の引退に驚いた方も多いのではないでしょうか。

実は大山さん、小学生の時から腰に痛みを感じていたと言います。

病弱を克服し健康を手にしたようで、知らぬ間に腰に爆弾を抱える体になっていたのです。

腰の手術を受けたものの、以前のようなプレーをすることはできず引退。

「もっとバレーボールを続けたかった」と本音で語ります。

 

現在、子ども達にバレーボールの指導をしている大山さん。

自身が出会ってきた恩師達の指導の良いところを取り入れながら、独自の理念を持って指導していることが伝わってきました。

 

「大人の言葉が子どもに与える影響は大きい」

そのことを常に意識して指導する大山さんの姿をテレビ番組でご覧になった方もいらっしゃると思います。

 

大山さんは、中高時代の監督の指導が素晴らしかったからバレーボールを続けられたと言い、その指導について紹介してくれました。

監督は選手の体作りに重点を置き、ケガをさせないことに注力してくれたそうです。

選手を否定せず、先ずは肯定し、そして指導、さらに肯定することで選手の成長を促します。

「心技体」ではなく、「体技心」の優先順位が指導の基本にありました。

体を作り、技術を磨けば、心は自然と育つという考え方。

大山さんが何より嬉しかったのは、監督が一人前の人間として扱ってくれたことだと言います。

先生の指導の正しさを証明するために、試合に勝たなければと思い、優勝を手にしたのです。

いまだに根性論で指導する風潮が残るバレーボール界。

精神的に追い込む練習に大山さんは警鐘を鳴らします。

勝利至上主義は選手の人生を奪ってしまう。

 

バレーボールしかしてこなかった自身の人生を振り返り、豊かな人生とは何かを考える大山さん。

「豊かな人生とは心も体も健康な状態」と言い、様々な経験をすることで人生が豊かになると結論付けます。

 

指導者は、子ども達の未来、将来の幸せに責任を持ってあげる覚悟が要ると語りました。

大山さんが活動する目的は、バレーボールを選んでくれた全ての子どもが幸せになること。

そのために、評価基準を変えたいと話します。

結果ではなく、選手が努力してきた過程を評価して欲しい。

指導をするうえで、「指導者を目指した原点を忘れないでください」と来場者に伝えました。

取材 Yuki Yanagi

 

大山 加奈(おおやま・かな)

<プロフィール>

1984年6月19日生まれ、東京都江戸川区出身。
小学校2年生からバレーボールを始め、小中高全ての年代で全国制覇を経験。
高校卒業後は東レ・アローズ女子バレーボール部に入部。
高校在学中の2001年に日本代表初選出、オリンピック・世界選手権・ワールドカップと三大大会すべての試合に出場。
力強いスパイクを武器に「パワフルカナ」の愛称で親しまれ、日本を代表するプレーヤーとして活躍した。
2010年6月に現役を引退し、現在は全国での講演活動やバレーボール教室、解説、メディア出演など多方面で活躍しながら、スポーツ界やバレーボール界の発展に力を注ぐ。

 

<主な競技歴>
◆学生
1996年全日本バレーボール小学生大会優勝
1999年全国中学校選手権優勝
2002年インターハイ・国体・春高バレー3冠
*小中高すべての年代で全国制覇を達成
◆Vリーグ(2003年~2010年/東レ・アローズ所属)
2003年新人王獲得
◆全日本(2001年~2009年)
2002年世界選手権出場
2003年ワールドカップ出場
2004年アテネオリンピック出場
2007年ワールドカップ出場
元バレーボール女子日本代表
力強いスパイクを武器に日本をアテネ五輪へ導いた

<現在の活動>

・バレーボール教室講師
・バレーボール解説者
・スポーツキャスター
・講演会講師
・公益財団法人日本バレーボール協会 広報委員/国内事業本部委員
・公益財団法人日本スポーツ協会情報誌「SportsJapan」編集部会員
・スポーツ庁スポーツ審議会スポーツ・インテグリティ部会専門委員
・公益財団法人日本オリンピック委員会オリンピックムーブメント専門部会員

大山加奈 公式ブログ https://lineblog.me/oyamakana/

 

 

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