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競技経験を活かしキャリアを積む―リハビリトレーナーとして働くアスリート

「あなたは愛する人を救えますか」
森新太郎さんが、ライフセービングを始めるきっかけになった言葉だ。2011年3月、高校卒業直後に東日本大震災が起きた。「人のために何かしたい」と思いながらも、何もできない虚しさを抱えていたと当時を振り返る。ライフセービング競技の現役アスリートでありながら、センターでリハビリトレーナーとして働く森新太郎さんに、話を伺った。

 

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ライフセービングの活動

皆さんは、ライフセービングにどんなイメージをお持ちだろうか。
「溺れている人を助ける」というイメージを持っている人が多いが、実は「事故を未然に防ぐ」ために活動しているのが、ライフセーバーだ。「事故を未然に防ぐ、水辺の事故をゼロにする」という目標を掲げ、活動する。危険がないか監視し、溺れている人を見つけたら直ぐ救助に向かう。即座に動き、対応できるように、日頃から鍛錬する。

 

森さんがライフセービングに出会ったのは、日本体育大学に入学してからだった。高校まで硬式野球をしていたが、野球肘の手術を経験して長くは続けられないと感じていた。体育教師を目指し、体育大学に進学。「人のために何かしたい」という思いを抱えていた頃だ。

 

部活動の勧誘でライフセービング部の先輩に声を掛けられ、その熱意に圧倒され説明会に参加した。説明会で観たプロモーションビデオに、『あなたは愛する人を救えますか』という1文が流れた。この1文を見た時、「自分は一緒にいる人を助けることができるだろうか」と考えた。救助のシーンに感動し、その後も説明会に6回参加したという。先輩にたくさんの質問をした。結果、家族や友人、知り合いを助けることができるようになりたいと思い、入部を決めたそうだ。

 

大学の部活とはいえ、ライフセービングは人の命に関わる活動。資格を取らなければ、パトロールもできない。大学1年のキャンプで資格を取るための訓練をする。水泳は苦手だった森さんも、プールで特訓をした。

 

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森さんは現在銚子ライフセービングクラブに所属し、銚子市で活動を受け持っている。1つの浜を7人程度で担当する。海を利用する人々が事故に遭わないよう、危険を回避するための事前準備として5水(水温・水流・水質・水底・水深)、風や波の状況、天候を調べ把握する。個人のスキルだけでなく、チームの連携がなによりも重要な活動だ。

 

それでも実際に溺れている人を見てしまった時は、ショックを受けた。その人は助かったのだが、泡を吹いている状況で自分が助けることができるのか、不安だったという。そのような事故は絶対に起こさないと誓った。どんなに辛くてもライフセービングを辞めたいと思ったことは無いそうだ。

 

海に遊びに来たお客さんに、危険な場所について声掛けをし、楽しい場所の説明をする。お客さんの笑顔に励まされ、帰り際のお客さんから「ありがとう」と言われた時に、やりがいを感じるそうだ。

 

競技としてのライフセービング

ライフセービングは、救助訓練の一環としてビーチフラッグス、2kmビーチラン、ボードレース、サーフスキーレース、レスキューチューブレスキューなど様々な競技種目を設け、大会が行われている。暖かい国で行われることが多く、女性のアスリートも多い。ビーチフラッグスでは俊敏性を鍛え、ボードレースでは視野を広くもってパドルを漕ぐ訓練になるそうで、どの競技も体力・筋力・精神面がとても大切となる。

 

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リハビリセンターとの出会い

現在、ライフセービングの競技生活とリハビリセンターのトレーナーの仕事を両立している森さん。元々は教員を目指していた森さんだが、大学4年の7月に教員採用試験に落ちてしまった。全日本選手権大会を控えていたため、大学生活の締めくくりと思い練習に打ち込んだ結果、ビーチスプリントで優勝する。大会後の優勝者インタビューで、採用試験に落ちたことをカミングアウトし、周囲を驚かせたそうだ。すると、その場にいた方から「アスリートを応援してくれる就職先がある」と声をかけられた。

 

森さんが勤める脳梗塞リハビリセンターは、脳梗塞などの脳血管疾患を患い後遺症に悩む人達の「もっとリハビリをしたい!」という思いに応え、退院後のリハビリをサポートする施設だ。若くても脳梗塞になる人はいる。退院後もリハビリを諦めず、社会復帰を目指す人たちを森さんはトレーナーとしてお手伝いをしている。

 

「人に元気を与える仕事がある」と紹介されたそうだ。
教員になる前に他の世界を知っていても良いのではないか、様々な経験や人との繋がりを経て教員の世界に行っても良いのではないかと考え、トレーナーとして働くことを選んだ。
トレーナーとして必要資格は決まっていないが、リハビリの専門家であるセラピストから指導を受け、知識をつけながらトレーナーとしてのスキルを磨いている。体育大学で生理学など体の仕組みについて学んだ。アスリートとしての体づくりの経験や知識もある。ライフセーバーとしてお客さんにマナーやルールについて話す機会が多かったことで、コミュニケーションスキルも身についていた。相手に伝えるという点では、教員の勉強が役に立っている。森さんにとって、学生時代の経験を活かせる仕事だ。

 

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リハビリセンターでの仕事

脳梗塞リハビリセンターでは、1セッション(約2時間)の中で、鍼灸師・リハビリセラピスト・トレーナー(現役・元アスリートや柔道整復師)が連携して利用者のリハビリを行っている。利用者一人一人のリハビリの様子を撮影し、情報共有してセラピストがメニューを組む。セラピストの指示に従って、トレーニングを行っていく。
森さんは、自分の知らない専門的なことを学び続けることに喜びを感じているそうだ。

 

利用者の中には「お前がいるから来たんだよ」と森さんを求めて来てくれる人達がいる。
字を書くことができなかった利用者が、字を書けるようになって手紙をくれたり、自転車に乗れなかった利用者が、自転車に乗っている映像を送ってくれたり、利用者の改善の様子を見ることが、森さんのモチベーションにつながっている。

 

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リハビリセンターの利用者は、今までできていたことが、できなくなってしまった人達。「足りなくなってしまったものが何かということに、気付いてもらう手伝いをしたい」と森さんは話す。
健康な人には、利用者のわからないことがわからないため、その糸口をコミュニケーションを取りながら見つけ出し、どう気づいてもらうかを考える。利用者のモチベーションが下がっている時は、「勇気を持ち直してもらい、笑顔で帰ってもらう」ことが自分の役目ととらえている。

 

ライフセーバーとトレーナーの両立

森さんは、毎日、仕事の前後にトレーニングをして体づくりをしている。リハビリセンターの器具は、アスリートの筋力トレーニングにも最適だという。仕事の後は練習、そしてウエイトトレーニングを25時まで行う。1日の睡眠時間は4時間。海外の大会に出場する時は、カバーをしてくれる。アスリートとしての環境を整えてくれる職場に感謝している。

 

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海に来る人の中には障害を持った人もいる。トレーナーの仕事をしていることで、知識もでき、余裕を持って接することができるようになった。病院の経験がある先生から救急の対応や付き添いの仕方を学んだことで、砂浜でけが人を担架に移す時にも役立った。仕事がライフセービングにも活きている。
森さんは、「社会人になっても競技を続けたい人には勧められる職業」といい、職業選択の1つにリハビリセンターのトレーナーを加えてほしいと語る。

 

森さんの目標は世界大会に出場して優勝することだ。
この10月に開催される全日本選手権ではビーチスプリントで3連覇が掛かっている。「挑戦者の気持ちを忘れず臨みたいと思います」と意気込む。

 

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最後に学生へのメッセージをもらった。
「あきらめなければ、叶わないことでも叶う。あきらめたら何も始まらない、そこで終わり。常に前を向いて頑張ってください」

 

モチベーションを上げる曲
ひといきつきながら / テレビ「アナザースカイ」限定CMソング

 

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<プロフィール>

氏名:森 新太郎 (もり・しんたろう)
生年月日:1992年12月12日
競技:ライフセービング
(得意種目:90mビーチスプリント・ビーチフラッグス)
所属チーム:銚子ライフセービングクラブ

 

<主な戦績>

2011第37回全日本選手権大会 90mビーチスプリントリレー 優勝
2012第27回全日本学生選手権大会 1km×3ビーチリレー 優勝・90mビーチスプリントリレー 優勝
第38回全日本選手権大会 90mビーチスプリントリレー 2位
2013第28回全日本学生選手権大会90mビーチスプリントリレー 優勝
第39回全日本選手権大会90mビーチスプリントリレー 優勝
2014第29回全日本学生選手権大会90mビーチスプリントリレー 優勝
第40回全日本選手権大会 90mビーチスプリント 優勝・90mビーチリレー 優勝
2015第28回全日本種目別選手権大会90mビーチスプリント 優勝
国際大会に日本代表で出場
International Surf Rescue Challenge 2015 (オーストラリア)
・ 90mビーチスプリント 2位
・ビーチフラッグス  3位
・90mビーチスプリントリレー2位
第41回全日本選手権大会90mビーチスプリント 優勝
2016全豪選手権(オーストラリア)
・90mビーチスプリント 準決勝進出(日本人初)
・ビーチフラッグス 準決勝進出
全日本ライフセービングプール競技選手権大会ラインスロー 3位
第29回全日本種目別選手権大会90mビーチスプリント 優勝

 

<取材協力>
脳梗塞リハビリセンター
http://noureha.com/

 

取材 諸瀬祐里(昭和女子大学3年)
写真 益永美希(昭和女子大学3年)