「君は一生オリンピアン。その運命を受け入れて」 生き方を模索していたときに、上司の言葉に支えられた。ロールモデル第11回は、20km競歩で日本選手権3連覇、ロンドンオリンピックにも出場した大利久美さん。城北信用金庫でアスリートマネージャーとして活躍中の大利さんに、競歩の魅力や現在の仕事について話を聞いた。
「楽しい部活」から世界へ
中学時代は「帰宅部」だった大利久美さんは、高校時代から陸上をはじめた。
「特に陸上の強豪校でもなくて、楽しい部活でした。競歩の物真似をしたらみんなに『上手!』とおだてられて、じゃあ、本格的にやってみようかな、と(笑)」
軽い気持ちではじめたが、競技会で結果が出るとどんどん面白くなってくる。
「もっと頑張りたい」とのめり込んで、日本女子体育大学へ進学。
大学1年のときにはアテネオリンピックの強化合宿に参加して、世界を強く意識した。
大学卒業後、「2年で日の丸を付ける」という条件つきで、初の女子競歩選手として富士通陸上競技部へ。
2009年の世界陸上(ベルリン)に出場して約束を果たした。
直前の日本選手権は4位、別の選考会で2位というなかでつかんだ代表の座だったので「大利を選んでよかった」と言われたいと奮起、12位という結果を残した。
競歩という競技
競歩は、タイムを競うだけでなくフォームも厳しく判定される。
「細かい決まりがあり、普通は使わないような身体の動かし方をします。骨格も影響するので、やろうと思ってもできない人もいます。私は、多少なりともセンスがあったのかも……運命ですね」と大利さん。
身長が高い方が有利と言われているが、大利さんは身長約160センチと小柄なほう。
体脂肪は絞り切らずに残す。
競歩のルール上、つねに片足が地面に着いているので、その分走るよりも地面をぐっと踏み込むためのスタミナが必要になるからだ。
ペース配分が勝敗を左右する、自分との戦いの競技でもある。
大利さんは前半先行型だ。
日本ではあまりメジャーではないので、世界陸上ベルリン大会ではコースの沿道にずらっと並んだ観客に驚き「こんな中を歩けるんだ」と嬉しくなったと言う大利さん。
その後競技人口は増えてきて、「大利さんにあこがれて競歩をはじめた」と若い選手に言われることもあるそうだ。
桁外れだったオリンピック
2011年の世界陸上(大邱)出場も果たし、2012年にロンドンオリンピックへ。
オリンピックの注目度は、大利さんの想像を超えていた。
「はじめて緊張しました。競歩が注目されるチャンスだし、応援に応えなきゃと思うのに……」すべてが重圧になってしまった。
体調を崩し、思うような結果が出なかった。
競技生活で、はじめてぶつかった壁だった。
「強いストレスとプレッシャー。人前に出るのが怖くて、目立ちたくない……。精神的にボロボロでした」
歯を食いしばり現役を続行。
翌年に日本選手権3連覇を達成し、世界陸上(モスクワ)を区切りに引退した。
運命を受け入れる
引退後、営業サポートの部署に異動した。
それまでは練習優先の短縮勤務だったので、戸惑うことばかり。
周囲を飛び交う英語もわからない。
「居場所がない」と落ち込んだ。
競技に関わっていく事は、もう怖くてできないと思う反面、自分のキャリアが生かせないこともつらかった。
当時の上司は、そんな大利さんの苦しさをよく理解して「たとえオリンピックにいい思い出がなくても、選手だったことを隠しても、君は一生オリンピアン。その運命を受け入れなさい」とアドバイスした。
そして、PC操作からプレゼンテーションまで、ざまざまな研修を勧めてくれた。
「このとき学んだことは、すべて今の自分につながっています。本当にありがたかった」
今、ビジネスウーマンの顔で社内外の交渉をてきぱき取り仕切る大利さんは、当時を振り返ってしみじみとした口調になった。
競技生活の「棚卸し」
スキルを高める努力の一方で将来について真剣に考えはじめた大利さんは、JOCのキャリアセンターのカウンセリングで「競技生活の棚卸し」をした。
カウンセラーは、競技に関わっていくこと、栄養学を学ぶこと、レポーターなどいくつかの道を提示した。
「やれることがある、と思ったら落ち着いた」という大利さんは、やがて城北信用金庫のアスリートマネージャーの求人と出会う。
「自分がやってきたことが役に立つ」と感じ、とんとん拍子に話が決まった。
退職を決めて上司に報告すると、とても喜んで快く送り出してくれた。
ふたたび好循環へ
現在、城北信金には5競技6種目7人の現役アスリートが所属している。
大利さんの仕事は、競技生活に関する経費マネジメント、スケジュール管理、マスコミ対応など多岐にわたるが、最も重要なのが選手の目標の管理。
どういうビジョンで競技に取り組むか、またどんな社会人になりたいか。
これを意識することが、社会人アスリートにとってはとても重要なのだという。
コーチとも連絡をとりあって目標を共有し、選手とはこまめに面談する。
「『今は競技のことしか考えられない』と言う選手もいますが、現役時代から考えておくほうが、引退したあとがスムーズです。これは自分の経験から思うことですね」と大利さん。
入社からわずか9ヶ月だが、すでに成果が形になりつつある。
大利さんは「私にしかできないことだと思うので、どんどん提案しています」と微笑む。
2016年7月1日に、「Johoku Athletes Club」が発足した。
所属アスリートに金庫職員の一員であることを自覚させ、企業に貢献できることを考える場をつくりたいという。
体調管理のためにどうしても食費が高額になる選手のために、栄養費補助の制度もできた。
職場の人々を招いてのスポーツ観戦イベントも企画した。
試合に出場する選手本人が各部署に出向いて参加者を募ることもあった。
7~80人が参加し、「ウチの選手」という理解が広がった。
今後は、地域を舞台にしたイベントも考えている。
「地元密着の信用金庫らしく、地元に応援されるように」と、大利さんは意気込む。
「楽しい部活」に始まった選手生活はオリンピックで暗転したが、今、ようやく好循環に戻りつつある。
大利さんは、「競歩を通じて、いい人にたくさん出会えてきました。
私、『持っている』タイプみたいで、ビンゴもよく当てるんですよね」と、充実した笑顔を見せた。
学生へのメッセージ
「体育会系であることに誇りを持ってください。礼儀正しいとか、時間をきっちり守れるとか、上下関係を尊重できることとか、人前で物怖じしないとか……。アスリートとしてあたりまえにやっていることが、社会に出ると重宝されます。自信を持って就活して、社会で頑張ってほしい」
モチベーションアップする曲:Superfly「輝く月のように」
「現役時代によく聴いていました。今でも聴くと、泣きそうになります」
大利 久美(おおとし・くみ)
2015(H27)年10月1日入庫 人事部・コミュニケーション開発事業部 所属
1985(S60)年7月29日生まれ 東京都出身
競技種目:陸上競技(女子20km競歩)
<略 歴>
2008(H20)年3月 日本女子体育大学卒業/同年4月より富士通陸上競技部に所属/2013(H25)年9月現役引退
<主な戦績>
ロンドンオリンピック 出場
世界陸上競技選手権大会 出場(2009、2011、2013年)
アジア陸上競技選手権大会 優勝2回(2009、2011年)
日本陸上競技選手権大会 優勝3回(2011~2013年)
城北信用金庫 概 要(平成28年3月末現在)
本部所在地 東京都北区豊島1-11-1
出資総額 302億円
預積金残高 2兆3,909億円
貸出金残高 1兆1,486億円
常勤役職員数 2,000人
店舗ネットワーク 東京都北部・埼玉県南部を中心に95店舗(うち13有人出張所)