• 木. 6月 13th, 2024
池田勇太プロ

「再スタートを切った今、噛むことが今後の結果にどう活きてくるか楽しみ」
ロッテがプロゴルファー池田勇太選手へ2年目の「プロフェッショナルガム」を提供!

スポーツにおける噛むことの価値を発信する 「噛むスポプロジェクト」活動を展開する株式会社ロッテ(東京都)が2024年5月15日、プロゴルファーの池田勇太選手に対し、自身に合った形状・硬さ・香味を年カスタマイズしたプロフェッショナルガムを昨年に引き続き提供しました。
池田プロへのガムの提供は、2023年8月より開始し、今年で2年目のサポートになります。

「(試合中)ガムは噛むだけでなく、口に入れるだけで気分転換になる」
顎関節の不調により、噛むことを意識するきっかけに。
「プレー中だけでなく、日常生活でも左右バランスよく噛むことを意識している」

池田プロのパフォーマンスに貢献したいという思いから始まったプロフェッショナルガムの提供。
池田プロは約1年間、試合を一緒に戦い抜くキーアイテムとしてプロフェッショナルガムを噛んでいます。
試合中のガムの扱い方について「ゴルフは試合時間が長く、待ち時間も多いので、ガムを噛むことだけでなく、ガムを口に入れているだけで気分転換になります」とコメントしています。
「昨年8月、噛むチカラ測定をした際、片方だけで噛むのは良くないと東京歯科大学の武田先生に教えていただいたので、試合や練習中だけでなく、日常生活でもなるべく左右バランス良く噛むことを意識しています」

池田勇太プロのインタビューの様子

また、「粒ガム2つだと多いし、1粒だと口さみしいので、この板ガムがちょうど良いです」などと口
の中に入れる量へのこだわりや、「僕自身、顎関節の不調によるプレーへの支障がきっかけで、ガムを噛むことのメリットや噛み方への意識が芽生えたので、実体験とともに多くの人に発信していければ
いいなと思います」と話しました。

7月の本格復帰に向けて「ガムを噛むことが結果にどう活きてくるか楽しみ」

池田プロは、今年のプロフェッショナルガムについて、昨年と同様の香味・形状のまま、硬さを「ソフトとミドルの間」から「ソフト」に変更。
その理由について、「試合時間が長いので、1度ガムを口に入れると長時間噛むことが多いので、顎への負担がかかってしまうのではないかと考えて、今回はソフトタイプを選びました。今後、試合を重ねる中でうまく調整して、良いパフォーマンスにつなげていきたいです」とコメント。
また、今シーズンについて「手術後、今までやってきたことを全て見直して、再スタートを切ったので、7月の本格復帰に向けて、ガムを噛むことが結果にどう活きてくるのか楽しみですね」と意気込みを
語りました。

パフォーマンス向上に!スポーツにおけるガムトレのメリット

<フィジカルコンディショニング>
●静的バランスの強化
ガムを噛むことで静的バランス*が高まることがわかっています。
静的バランスが低いことは運動中の膝のケガのリスクになることなどが報告されています。
*静的バランス=動かない状態を保ち続けるための能力
●瞬発力の強化
ガムを噛むことで、ジャンプ力が高まります。
また、女子中学生で、スタートダッシュが速くなることも報告されています。

<メンタルコントロール>
●集中力・判断力アップ
ガムを噛むことで、認知機能を司る前頭前野の血流がよくなり、集中力と判断
力が高められます。
●リラックス効果
噛むという「リズム運動」により、「セロトニン」の分泌が増加することでストレスが
低減し、精神の安定にも繋がります。
また、緊張すると口の中が乾くことがありますが、ガムを噛むことにより口を潤すこ
とができます。


プロフェッショナルガムとは・・・
東京歯科大学・武田友孝客員教授監修のもと、選手自らが自分自身にあった形状・硬さ・香味を選び製作される、選手オーダーメイドのガムです。
提供されるガムは、噛んでいる間の硬さの変化が少ない特別な設計となっているのが特徴で、アスリートのパフォーマンス発揮のサポートとなることを目指し開発されています。
一般的なガムは、噛んでいくにつれて、硬さが大きく変化するのに比べ、しっかりとした噛み応えが続くため、噛むことのトレーニングに適しています。

プロゴルファー 池田 勇太(いけだ ゆうた)

池田勇太プロ

千葉学芸高校3年時に『世界ジュニア』などで優勝。東北福祉大学でも数々のタイトルを獲得して2007年にプロ転向した。
翌08年にシードを獲得。09、10年には4勝で年間最多勝を記録した。
09年に『日本プロ』、14年には『日本オープン』で優勝。両大会を20代で制するのは74年尾崎将司以来6人目。
13年からは3年間選手会長を務める。16年は史上4人目の年間獲得賞金2億円を達成して初の賞金王に輝いた。同年はリオデジャネイロ五輪にも出場している。
17年には当時史上最年少の31歳で生涯獲得賞金10億円を突破し、18年の『アジアパシフィックダイヤモンドカップ』では史上11人目の通算20勝に到達した。
19年まで11年連続で優勝を記録。20年に
は選手としては初めて選手会事務局長に就任しコロナ禍の苦境打開、新規大会立ち上げなどに尽力。
今年は顎偏位症で苦しんだ22年からの復活を目指すシーズンとなる。