公益財団法人笹川スポーツ財団が主催する無料セミナー「誰がスポーツを支えるのか?」の第2回「女子マネと母親の役割の共通項―女性がスポーツを「ささえる」視点から―」が2023年9月13日、ハイブリッド形式で開催されました。
スポーツ女子(スポーツをする・支える・観る女子)を応援するWebマガジンRanRunでは、これまで多くの女子マネージャーさんに取材協力をいただいてきました。
広報担当のマネージャーさんが大学や選手との調整を行い、取材協力をしてくれます。
そんなマネージャーの活動にスポットを当て、取材させていただくこともあります。
女子マネージャーの役割についてということで、本セミナーに学生スタッフが取材参加しました。
笹川スポーツ財団(以下SSF)が実施した「小学生のスポーツ活動における保護者の関与・負担感に関する調査研究2017」の結果から、保護者自身の負担が理由になり、子どものスポーツ活動を諦めている可能性がみえてきました。
SSFスポーツ政策研究所研究員の宮本幸子氏は、子どものスポーツクラブにおける「子どもの送迎」「スポーツ用品の購入」「チームの子供の食事や飲み物の手配」「指導者・保護者間の連絡」などのケア的な役割を母親が担うことが当たり前のようになっていると指摘。
調査から熱心にみえる母親たちも、実は様々な葛藤を抱えながら「ささえる」役割をしていることが明らかになり、社会で検討すべき課題だと提示しています。
ジェンダー的視点での考察も必要ということで、今回は大学の運動部における女子マネージャーの役割について専門家に講演を依頼したと宮本氏は説明しました。
講師として登壇したのは、甲南大学文学部社会学科講師の関めぐみ先生。
関先生は、大学運動部の活動を支えるの女子マネージャーについて研究をされています。
運動部内で活動をささえる女子マネージャーと、子どものスポーツ活動をサポートする母親の共通項から、女性がスポーツをささえる現場でどのような課題があるのか。
そして、女性がスポーツをささえる環境をどのように変えていく必要があるのかについてお話しされました。
スポーツを支えるという立場において、子どものスポーツ活動における母親と似た役割の部分を担う女子マネージャーは確かに多いです。
男子マネージャーが対外的な役割を担い、女子マネージャーが補助的な役割を担う性別分業が見られると関先生は話します。
関先生が実施した調査では、男子部には男子マネージャーも女子マネージャーもいますが、女子部には女子マネージャーだけで男子マネージャーはほぼ不在。
女子部によってはそもそもマネージャーが少ないまたは不在で、選手が自分たちで運営面もやっている部も多いのです。
RanRunでは女子部員(選手もマネージャーも)が自分たちで色々な役割を分担し、運営をするからこそ、学生のうちに社会力を磨くことができる大学スポーツの魅力を発信しています。
男女が一緒に寮生活を行っているボート部などでは、栄養面をサポートする料理担当のマネージャーは女子がほとんどですが、広報や運営を担当する女子マネージャーも少なくありません。
しかし、男子部の女子マネージャーの活動については、見えにくいのも事実です。
関先生は、「大学の運動部マネージャーの場合、自分自身からマネージャーを希望して入部しているため、子どものスポーツをささえる母親とは異なりますが」と前置きし、ケア的なささえる役割をしていることが多く、どのような仕事をしているのかは周りからは見えにくいという点が子どものスポーツにおける母親の役割と共通しているのではないかと話します。
自分からその役割を選択しているだけに、その仕事をするのが当然だと思われがちであり、関先生がヒアリングした女子マネージャーの中には、「母親のように思われている」「階層的に下位だと感じている」人もいるといいます。
なぜ、そのようなことが起きてしまうのでしょう。
関先生は、理由のひとつに女性は男性より「する」スポーツから離れていることを挙げます。
男性中心に作られた近代スポーツにより、中学生くらいから女子の体育嫌いが増え、スポーツ離れを起こしていることがわかっています。
結果、スポーツを「する」側から「ささえる」側になる女性が多くなってしまうのです。
さらに、男性は有償労働が多く女性は無償労働が多いという日本の近代社会における性別役割分業の考え方が根本にあると言います。
男性が外に出て賃労働を行い、女性は家庭でケア的な労働を担ってきた社会構造的な考え方がいまだに解消されていないということ。
そして、スポーツ組織自体の誰かが無償労働しなければ成り立たないという制度設計自体に問題があると関先生は言います。
加えてケア的労働の価値が正当に評価されていないという問題。
ケア的労働を女性が担うことが当然と思われているという問題。
そのことで困っている女性がいるのならそれも問題です。
昨今の大学運動部のマネージャ―の業務は専門職化してきています。
選手のフィジカルケアを担当するトレーナー、運営費を稼ぐためのマーケティング担当の広報、ビデオ撮影をして戦略の分析や選手の動きの解析などを行うアナリスト担当など新しい役割業務も増え、学生スタッフという呼称に変わりつつあります。
これは海外の大学スポーツの運営スタッフの役割を取り入れるようになったことにあります。
関先生は日本の大学のアメリカンフットボール部とカナダのアメリカンフットボールのマネージャ―業務について調査した結果を紹介してくださいました。
そこから見えた明らかな違いは、海外では部員の数に対して学生スタッフの数は少なく、日本の学生スタッフが行っている業務のほとんどは社会人スタッフが有償で行っているということです。
つまり、日本の学生スタッフ、マネージャーが部費を払って担っている裏方の業務は、対価が払われるに等しい労働であるということになります。
マネージャーが階層的に下位だと感じているとすれば、制度設計や環境に問題があります。
スポーツを「する人」「ささえる人」でそれぞれの安心な場を確保すること、一人ひとりのニーズをどこまで満たすのかを検討し、個別具体的な考察を深めていくことが大切です。
関先生の講演の中で最も印象に残ったのが「交渉力を持つ」という言葉です。
様々な事例を知ることで、他の方法を模索したり自分のできる範囲を主張したりすることができるようになります。
ただ漠然と悩み、相談するだけではなく、自分で交渉力を持ち、新しいスポーツの形を考えることで、「ささえる」ということが実現するのだと先生は言います。
また、その話を聞く側も「じゃあ辞めればいい」と安易に結論を出すのではなく、その声に対して可能な限り寄り添う必要があります。
なくせる部分はなくしていき、他で負担できそうなところはみんなで振り分けるといった試行錯誤を繰り返していくことが重要です。
これは子どものスポーツをささえる母親や女子マネージャーだけの世界に限らず、どの組織においても共通する部分だと感じました。
家庭内においても家事は女性の仕事という性別分業の考え方をなくし、お互いが分担し補い合う。どちらも難しい時には、外部の力を頼ってみるというのも効果的な方策の一つです。
一つの考え方にとらわれることなく、広い範囲に目を向けて新しい考えを提案し、交渉できる力を一人ひとりが身につけることが肝要です。
関先生は、「情報を持つ」「知識を持つ」ことで「交渉力がつく」と教えてくださいました。
<登壇者プロフィール>
関 めぐみ氏(甲南大学文学部社会学科 講師)
大阪府立大学大学院人間社会学研究科博士後期課程修了。博士(人間科学)
専門は社会学、ジェンダー/セクシュアリティ論。京都光華女子大学女性キャリア開発研究センター助教を経て、2020年4月より現職。2017年と2023年に日本スポーツとジェンダー学会学会賞(論文賞)を受賞。主な著書に、『〈女子マネ〉のエスノグラフィー:大学運動部における男同士の絆と性差別』(晃洋書房)など。
コーディネーター 宮本 幸子(SSFスポーツ政策研究所 政策ディレクター)
教育関連研究所を経て、2016年SSF入職。主に、子ども・保護者・教員を対象とした調査研究を行う。
「小学生のスポーツ活動における保護者の関与・負担感に関する調査研究」担当者。2022年4月より現職。
取材 学生スタッフ 三浦悠華