なぜ、皆さんは学業の他にスポーツをしているのでしょう。日々トレーニングを積み、厳しい練習を重ねているのでしょう。楽しいこともあれば、ツライと感じることもあるでしょう。メンタルケアの第5回は、日々の練習の意味について曹洞宗の僧侶 宇野全智先生が禅宗の考え方を教えてくださいます。
スポーツ女子のみなさん、はじめまして。
今回からメンタルケアを担当する、禅僧の宇野全智です。
私は、禅宗のなかでも「曹洞宗」という宗派の僧侶で、日本全国で約1万5千ある曹洞宗のお寺を統括する本部の研究員として、坐禅会や禅のセミナーを開催したり、企業の社員研修を企画したりという仕事に関わっています。
この連載では、『禅』が持つ世界観や価値観、モノの考え方や捉え方をお伝えすることで、皆さんの今後の生活に少しでも役に立つことができればと願っています。
ところで皆さんは、成長し、目標に届くために必要なことは、何だと思いますか?
知力、体力、精神力、経験や根性・・・さまざまな単語が頭に浮かぶことだと思います。
そして、寸暇を惜しんで全力で事柄に打ち込むことによって、目標は達成されるのだと考える方が多いのではないかと思います。
でも、それは本当に正しいのでしょうか?
「禅の修行」が目指すもの
皆さんは、「禅の修行」というとどのようなものを想像するでしょうか?
おそらくは、「とても厳しい修行生活」というイメージがあるのだと思います。
では、「厳しい修行」の具体的な内容って、どんなものだと思いますか?
こう聞くと、たいていの人は「滝に打たれる」とか、「棒でたたかれる」とか、「何日も寝ないで坐禅する」とか、「断食する」とか、そういった事を「修行」だと想像するようです。
でも、実際の修行はこれとは大分違います。
私は福井県にある大本山永平寺という禅の修行道場で1年間、修行生活を送りました。
でも修行期間中、断食は一切しませんでしたし、滝に打たれたりということもしませんでした。
坐禅中に寝ていれば叩いて起こしてもらうことはありますが、寝ていなければ叩かれません。
食事は3度、決まった時間にいただきますし、夜はきちんと眠ります。
じゃあ、修行生活って何をしているの?と、皆さんは不思議に思うかもしれません。
そこで、禅僧の修行の実際を少しだけ紹介すると。。。
まず、朝は今の時期は4時起床。(ちなみに夏は3時半、冬は4時半です)
当番が鈴を振りながら山内を駆け回り、修行僧が一斉に起床します。
起きたら作法に従って顔を洗い、歯をみがきます。
そして坐禅を40分、坐禅が終わると朝の読経をし、朝食(お粥とお漬物、ゴマ塩少々)を食べます。
そのあと、廊下の拭き掃除をして朝の修行は終了。
日中の時間は庭の掃き掃除や草むしり、参拝者のお世話など与えられた仕事に当たります。
途中、お昼の食事(麦飯とみそ汁、ひじきの煮物など、肉や魚は使いません)を食べ、夕食(わかめご飯やみそ汁、簡単な精進おかずなど)をいただいて、夜の坐禅40分を2回。
9時に坐禅が終わって10時頃就寝。
遅くても10時30分には寝ていないと、点検で大目玉を食らいます。(おしゃべりはもちろん、読書や勉強なども禁止。このルールを破ると道場を破門になることもあります)
さて、どうでしょう。「なんだか普通っぽい」「これのどこが修行なの?」という声が聞こえてきそうですが、その反応で正解です。
実は禅の修行は、「日常生活を丁寧におくる」ことにその神髄があるのです。
朝は決まった時間にきちんと起きる。丁寧に歯をみがき、顔を洗う。
自分のこころを整える静かな時間を持つ。やるべき事に丁寧に取り組む。
そして、3度の食事をきちんと取り、夜は一日を振り返る静寂の時間を持つ。
そして、決まった時間にしっかり眠る。
一分たりとも違わずに繰り返される日常こそが、修行。
そして、修行の目的は極めてシンプルです。
それは、「自分の身体を調え、こころを成長させていくこと」
禅の世界観を表す言葉に「精進」(しょうじん)という言葉があります。
そして精進とは、為すべきことを丁寧にコツコツと、少しずつでも励むことを指します。
「少水の石を穿(うが)つがごとく」と例えられるように、屋根から落ちる雨だれが長い年月をかけて地面の石を窪ませるように励むのです。
ですから、調子のよい時にはどんどん進み、そうでない時にはしない、というのは精進とは言いません。
たとえトータルの出来高が同じであってもです。
そしてこの禅の精神は、スポーツにも仕事にも通じると思うのです。
自己を高め、目標に到達するために必要なこと。
それは、まずは心と身体を健康に保つこと。
そのために、ムリやムラを極力無くして規則正しい生活を心がけ、それを実践すること。
そんな「当たり前のこと」こそが、より良く生きていくための基本なのだと、禅の生活は教えてくれるのです。
<講師紹介>
宇野全智(うの・ぜんち)
曹洞宗総合研究センター専任研究員。山形県大石田町地福寺副住職。
1973年山形県生まれ。山形大学理学部生物学科卒業後、曹洞宗の僧侶養成機関で3年間、布教活動の実際を学ぶ。その後、福井県の大本山永平寺にて1年間修業。以後、曹洞宗の研究機関で仏教や禅の教えをわかりやすく伝え、また生活に役立ててもらえるようにするための冊子編集、研修会の運営などに携わる。
(2016年4月掲載記事リライト)