• 火. 10月 13th, 2026

RanRunという名前から陸上競技をイメージする方が多いのですが、実はその名前には、「今いる場所ら一段上のステージへ」という想いを込めています。
人生には、人それぞれ、いろいろなステージがあります。
一人の人間として、昨日の自分より少し前へ進む。

この10年間、たくさんの人に会い、話を聞き、様々な人生に触れてきました。
そして一段上のステージへ進むために必要なのは、前へ進み続けることだけではないと知りました。

時には立ち止まり、休むこと。
誰かの力を借りること。
これまで歩いてきた道を振り返ること。
そして、自分の経験を次の誰かに渡すこと。
今、あらためて伝えたい二人の言葉があります。

「止める勇気、止めさせる勇気」

競技に真剣に取り組むほど、「もっと頑張らなければ」「ここで休むわけにはいかない」と、自分の身体から発せられるサインを見過ごしてしまうことがあります。
それを止めることができるのは、本人だけではありません。
それを教えてくださったのは、現在は日本女子体育大学教授で、元体操日本代表の佐藤麻衣子(旧姓・森尾)さんです。

佐藤さんは、ロサンゼルスオリンピック二次予選に向けた練習中、平均台から落下して後頭部を強打し、遅発性脳内出血で入院するという大けがを経験しました。
大会出場を諦めようという自身の考えと周囲の動きは違い、結果として、宙返りをするたびに起こる頭痛を我慢しながら、ほかの部位を傷めないよう気をつけてオリンピックに出場したといいます。
「もし後遺症が残っていたら、後悔では済まなかった」
だからこそ、指導者を目指す学生には、「止める勇気、止めさせる勇気」について必ず話をしているという佐藤さん。
指導者となった佐藤さんが当時を振り返り話す言葉には、重みがあります。

この言葉を聞いたのは10年前です。
けれど今、あらためて社会に届けなければならない言葉ではないかと思っています。
勝つためにどこまで頑張るのか。
選手の身体に異変があった時、誰が止めるのか。
そして指導する側には、選手の競技人生だけでなく、その後に続く人生まで守る責任があるのではないか。

頑張り続けることだけが、人間力ではありません。
自分の状態を知ること。
休むことを選択すること。
誰かに助けを求めること。
そして、指導する立場にある人が、選手を止めること。

佐藤さんは、スポーツを通して「タイミングを読む力」を培ったとも話していました。
頑張る時と、力を抜く時。
指導者となってからは、「厳しく言う時」「褒める時」「見守る時」を考えることにも、その経験が生きているといいます。

選手を一人の人間として見る。
必要な時には立ち止まらせる。
そして、競技を終えた後にも続いていく人生を考える。


10年前に聞いた言葉には、今もRanRunが大切にしたいことが詰まっています。
そして、学生に向けてこんな言葉も残してくださいました。

「誰もがリーダーになる必要はないが、リーダーにならなければならない時もあります。
そのために色々な経験をしておくことが大切ですね」

成功も失敗も記録し、その時に自分がどう思ったのかも残しておく。
そして自分の強みも欠点も知ったうえで、社会に出てほしい。

「どんな女子学生が将来、管理職になると思う?」
10年前、その答えを探すことから始まったRanRun。
佐藤さんの言葉は、その問いに対するひとつの答えだったのかもしれません。

君は一生オリンピアン。その運命を受け入れて

取材当時、大利久美さんは城北信用金庫でアスリートマネージャーをしていました。
女子20㎞競歩で日本選手権3連覇、ロンドン五輪にも出場した元日本代表です。
現役アスリートの職員への取材調整をご担当いただくなかで、どうしても大利さんにインタビューしたくなり、取材をお受けいただいた経緯があります。

大利さんは、高校から陸上を始め、競歩と出会い、日本女子体育大学へ進学。
富士通陸上競技部に所属し、世界陸上を経て、2012年にはロンドンオリンピックに出場しました。
しかし、夢の舞台で待っていたのは、想像を超える重圧でした。
「競歩が注目されるチャンスだし、応援に応えなきゃ」
その思いが大きなプレッシャーとなり、体調を崩します。
「強いストレスとプレッシャー。人前に出るのが怖くて、目立ちたくない……。精神的にボロボロでした」

大利さんが語ってくれた当時の心情は、普通にテレビで観ていた私には想像すらできませんでした。
大利さんは、それでも現役を続け、翌年には日本選手権3連覇を達成。
世界陸上モスクワ大会を区切りに引退しました。

そして直面した、もうひとつの壁。
それは、引退後のキャリアです。

競技にはもう関わりたくないと思いを抱えながらも、一般社員として働く環境に「居場所がない」と感じ、自分が長年積み上げてきた競技経験を生かせないこともつらかったと話します。

「たとえオリンピックにいい思い出がなくても、選手だったことを隠しても、君は一生オリンピアン。その運命を受け入れなさい」
当時の上司がかけてくれた言葉が、大利さんの転機になりました。
成功したことも、うまくいかなかったことも、自分が歩いてきた人生として受け止め、次のキャリアにつなげることができる。

大利さんはその後、JOCのキャリアセンターで「競技生活の棚卸し」を経験しました。

自分は何をしてきたのか。
何ができるのか。
これから何をしたいのか。
その先に見つけたのが、アスリートマネージャーという仕事でした。

自らの経験を現役アスリートの未来のために使う側になったのです。
競技の目標だけでなく、「どんな社会人になりたいのか」も選手と一緒に考える。
自身が引退後に迷った経験が、次のアスリートを支える力になっていました。

そして、RanRunの読者である学生に向けてこんなメッセージをくださいました。

「体育会系であることに誇りを持ってください」
礼儀正しさ。
時間を守ること。
人前で物怖じしないこと。
アスリートとして当たり前にしてきたことが、社会に出ると強みになる。
だから自信を持って就職活動をして、社会で頑張ってほしい。

この言葉は、まさにRanRunがスポーツ女子に届けたかったメッセージでした。

誰かの経験を 誰かの未来へ

佐藤さんと大利さんに共通していることがあります。
それは、自身の経験を自分だけのものにしていないことです。
成功した経験だけではなく、苦しかったこと、失敗したこと、迷ったことだからこそ、同じ場所に立った誰かを助けることができるのかもしれません。
この10年間、RanRunは、そんな経験を数え切れないほど受け取ってきました。
アスリート、指導者、医師、研究者、管理栄養士、大学の先生、企業の皆さん。そして活動に参加してくれた学生たち。
それぞれの経験や専門知識、問題意識が記事となり、次の誰かへ届けられてきました。

私たちが続けてきた誰かの経験に耳を傾け、その中にある大切なものを見つけ、必要としている人へ届けるということ。
人と人の間に立つ、橋渡し役です。

そして10周年を迎えた今も、RanRunには新しい取り組みが生まれています。
内科医の橋本将吉先生による連載「健康コンパス」では、日常の中で感じる身近な健康の疑問を取り上げ、正しい医療情報をわかりやすく届けています。
自分の健康を自分で守るためのヘルスリテラシーを高めることは、これからもRanRunが大切にしていきたいテーマです。

また、連携企画の「赤羽くらしのQ&A」では、少し違う形の情報発信をしています。
誰かが困っていること、知りたいと思っていること、または知っていないと損をするようなことについて、調べ、取材し、役に立つ情報として届ける。
その経験を通して、若い人たちに、自分とは違う誰かの立場に立って考え、他者に寄り添う視点を身につけてほしいと思っています。

誰かのために情報を届けることは、その人がよりよく生きるためのお手伝いをすることでもあります。
誰かのウェルビーイングを支えることが、自分自身の学びや成長にもつながっていく。
そんな学びのシステムをつくることも、これからのRanRunの役割ではないかと考えています。

この10年間、RanRunに大切な経験を託してくださった皆さま、そして記事を読んでくださった皆さまに、心より感謝申し上げます。
10年前、スポーツ女子の就職活動を応援するところから始まったRanRunは、人を取材し続けるなかで、ひとつのことを確信するようになりました。

人の経験には、誰かの人生を支える力がある。
成功だけではなく、失敗も。
喜びだけではなく、悩みも。
走り続けた経験だけではなく、立ち止まった経験も。
そのひとつひとつを、必要としている誰かへ届けていきたいと思います。

10年前、「今いる場所から一段上のステージへ」という想いを込めて名付けたRanRun。
次の10年も、人と人をつなぎ、経験を未来へつないでいきます。

誰かの経験を、誰かの未来へ。

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